2011/11/28

異邦人 その壱

私はこのような人間に今まで出会ったことがなかった。

予備知識なしにその男の顔を見たとき「相」が、余りにも悪かった。

私の相見は当たっていた。

これほど傲慢な男を見たことがない。

彼は年齢にそぐわない高い地位に居る男だ。

所謂、野心家である。

年上の人間に対する話し方も礼儀も失している。

この男、確かに頭脳は明晰である。

仕事上の要点もきちんと判っており伊達に、その地位に就いたのではないようである。
しかし、いけない。

「相」以外にも私が観察して見つけたのは「育ちの悪さ」だ。

礼を失しているほかに「行儀」が悪い。

所構わず煙草を吸い、客人に対する配慮は微塵もない。

食事の時の行儀の悪さは、今の若者でも閉口するかも知れない。

それは我々が彼に利益を与える立場の人間ではないからかも知れない。

しかし、彼は我々の客でもない。

業務上、対等なのだ。

つづく かも?

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2011/11/27

今読んでる本 46 我的前半生 愛新覚羅 溥儀

やっと読み終わったという感じ。
自伝にしては随分長い。

前半は彼の生い立ちやら新世紀の事やら、ちょいとつまらなかったが宣統帝として即位し辛亥革命により退位させられ、共和国になった後も優待条件の下、紫禁城の中で生活する彼の記述は大変興味深いものがあった。
側近や宦官、英国人教師ジョンストンの事など。
ラストエンペラーとして悲劇の皇帝となり後に大日本帝国の傀儡として満州国皇帝に返り咲き有名無実の自身を嘆きながらもどうすることも出来ない苛立ちと葛藤が自伝の中には表現されていて、読む者を飽きさせなかった。

ただ、どうしたわけか終戦後、彼がソ連に連行され撫順の収容所に入れられてから、記述の内容がゴロッと変わる。
確かに彼は思想教育を施され共産主義へと洗脳されている。
しかし内容が余りにも現実とかけ離れてはいないだろうか?
事実、彼ら戦犯の多くは処刑されることなく”人間改造”されて共産主義国家の繁栄のために返り咲いているようだ。
事実、溥儀も溥傑も生きて監獄から出ている。

しかし記述に見られるような中国人の大寛容な姿は本当か?

溥儀が収容所から特赦された1959年と言えば毛沢東による大躍進政策の大失敗により飢饉がおこり数百万人と言われる餓死者を出し、毛沢東自身が国家主席を辞任した年ではなかったか?

事実、その後の記述はないが溥儀は文化大革命のさなか”反革命”的な出自であることを理由にガンの治療も受けられずに死去している。
文化大革命の吊し上げや拷問、虐殺と溥儀の書いた文章は全く一致しない。

これも何あろう、溥儀があれだけ賛美した中国共産党と毛沢東が行った政策なのだ。

歴史上の承認の自伝は小説に比べるとリアリティーに富んでいる。
しかし前に読んだ永倉新八の”新撰組顛末記”同様、客観的に見て歴史的事実と相容れない記載があるのも事実である。

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2011/10/30

忙しかった一ヶ月

10月は忙しかったなぁ~。
まるでブログを書く気にもなれなかった。

中旬にまたまた、青島に行って初めて上海にも行ってきた。
何度もタクシーが目的地と違う所に連れて行きやがって、上海は巨大な田舎なのだと痛感した。

青島では今まで会ったこと無いような劣悪な日本人に会った。
あのたぐいの連中が一昔中国を荒らしまくったのだろうと一人胸の内で思う。

そう言いながら愛新覚羅溥儀の書いた「我的前半生」を読むと彼をはじめ、誰一人、国家国民のことなど考えずに自分の権力と財産のことだけを考えていたのだなぁ~と一人夜な夜な考える。

またまた、そんなことを思いながらザ・パシフィックを見ながら日本陸軍の”九五式軽戦車が良くできているなぁ~”と感心し、ガダルカナルの時は米軍の海兵隊は未だスプリングフィールド1903のボルトアクションを持っていたのだと新たな発見をする。既にガーランドが配備されていたのだと思っていた。
またトンプソンもM1928が出てきてトム・ハンクスのこだわりが良く出ていると思う。

11月も忙しくなりそうだが、歴史の一ページを少しずつ勉強していきたい。

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2011/09/19

ああ無情

本日、午前中仕事をしていると現場から電話が。

なんと、私が担当している機器を作業者のミスで壊してしまったと・・・・。

行ってみると、やってしまったのは経験の浅い派遣工のおっちゃん。
(とは言っても俺よりずいぶん年下なのだが)

やってしまった機器を見てみるとかなり重傷。

本人は神妙に「すいません」を繰り返す。

今まで何度もこのような場面に会ってきたが私は決して怒らない。

人間は必ずミスをする。俺も同じ。

だが、現場の責任者や幹部は違うらしい。

俺は直ぐに機器を持って修理が出来るメーカーへと走る。

なんとか修理の手はずを整えて昼飯も食わずに14時半くらいに帰ってくると

やっちまったおっちゃんは既にクビだそうだ。

そりゃあ、あんまりだ。社員なら、そうはなるまい。派遣工だからか?

確かに要領の悪い人だったが一生懸命働いていた。ずいぶん失敗もしていたらしい。

わざとやったわけでもないのに・・・・。

彼にも生活があるだろうに・・・・・。家庭もあるだろうに。

要領よく生きていける人間だけが徳をし不器用な人間は損をする社会は納得できない。

こんな事があっても、もちろん労働組合様は沈黙。

”だって奴ら(派遣工)は組合費払ってないんだもん!組合員じゃないんだもん!”って調子だろう。

組合は既に働く労働者の為にあるのではなく既得権益を持った貴族共が労働者から搾取する組織へ変わってしまっている。

何時モ正義面シヤガル偽善者ドモメ!

チョット古いが”にしおかすみこ”風に「この、豚野郎ども!」

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2011/09/03

太平洋の奇跡 を見た。

久しぶりにDVDを借りてきて「太平洋の奇跡」をみた。

実在したサイパン島の大場栄大尉の物語を竹野内豊が演じている。

物語としてはドキュメントとはいえ日本映画風の脚色がされた戦争映画だ。

だが、戦争映画として見たとき銃器マニアの私としては苦笑する箇所がいくつもあった。

まず日本軍の銃器(三八式歩兵銃)がの発砲シーンはまるで反動が無く余りにもリアリティーに欠けている。西部警察にでも出てきそうだ。

続いて米兵が持っているM1ガーランドも今、倉庫から持ってきました的なピッカピッカ銃。

それと唐沢が何故か持っていたトミーガン(トンプソンサブマシンガン)はよく弾が出る銃だ。
箱形弾倉は30発が最大のはずだが・・・・。

また、日本軍がブービートラップを仕掛けるシーンがあるが日本軍の手榴弾は起爆筒を叩かないと発火しないはずだから
ブービートラップは出来ないと思うのだがなぁ~。
何か特別な兵器を持っていたという設定なのか?

何はともあれ、日本が戦争映画を作ると得てしてこんな風なのが出来上がる。

もうちょっとリアリティのあるものにして欲しかった。

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2011/09/02

激烈、中国出張記 5回目 弐

水餃子をたらふく食べた後は”足つぼマッサージ”に連れて行って貰いました。

1時間で70元程度。多分日本なら四千円はするはず。

ここで覚えた中国語は”痛「
tòng」” と”痒「yǎng」と”舒服「shū

痛い・くすぐったい・気持ちいいです。

でも、辞書で調べてみると
”痒”は”かゆい”の意味で”くすぐったい”は「发痒」のようですが、通じたのでOKとしましょう。(笑)

足つぼマッサージは思っていたほど痛くは無かったのですが一緒に行った同僚はヒィーヒィー叫いていました。
ずいぶんお体に悪いところがあるようで・・・・。

ホテルに帰ってみると既に12時を回っています。日本なら午前1時過ぎ。

楽しい一日目でした。

Dscf2029
ホテルの窓から眺める青島の高層ビル。
Dscf2032
中国はこのタイプのクレーンばかりですね。

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2011/08/31

思い出の西日本サーキット その7

4コーナーを過ぎると次はS字です。
タイトなコーナーがダウン、アップ、ダウン、アップを繰り返しながらヘアピンに向かっていきます。

S
4コーナーから下り終えS字のクリッピング付近を超えると直ぐに登りになります。

S_2
S字のテッペンは記憶によると逆バンになっていたような気がします。

Ss
テッペンを過ぎると直ぐに下りになり出口へ向かいます。
下ったり上ったり野連続で、リズミカルに走るのがポイントでした。

S_3
S字出口クリッピング付近。
先に見えるのがヘアピンで再び登りになります。
出口付近はバンクが付いていて、膝スリスリでスピードを乗せてヘアピンへ突っ込んでいました。

私は峠で走っていたので、こういった低速コーナーは大好きでしたのでラインをクロスさせながらパッシングするが得意でした。
でも、そのやり方はとてもリスキーで、やはりストレートで抜くのが一番安全ですよね!(笑)

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2011/08/28

激烈、中国出張記 5回目 壱

長いこと放置してしまった。(^_^;)

先週、中国へ行ってきました。今回は青島。

昨年の秋に突然、中国関連の仕事を外されて「もう、中国に行くこともないだろう・・・」と落胆していたら、またまた舞い込んできました。

昨年秋から諦めずに勉強していた中国語も多少は役に立ったと思います。

今回はメーカーさんへの挨拶程度だったので2泊3日と、まるで旅行気分でした。

いつものように中国東方航空に乗って青島へ!
私は飛行機大嫌い人間なのですが何度乗っても嫌なものです。

この中国東方航空は殆ど定刻に出発しません。今回も30分遅れでした。

青島は日本と同じように暑かったのですが湿度が低いせいか苦にはなりません。
空港について入国手続きを済ますとレンタカーの運転手が待ってくれていてメーカーさんまで乗せていってくれました。
湾をまたぐ大きな橋も完成していました。

青島は昨年ちょくちょく行っていた唐山に比べると、とても綺麗な街です。
中国でも大都市になると名物のクラクションやパッシングは凄く少ないですね。

夕方になってしまったのですがメーカーさんに挨拶して、その日は青島の国敦大飯店へ泊まりました。
大きなホテルだった。

なにやら青島ビール祭りが開催中とかで宿泊料が無茶苦茶高かった。

夕方はみんなで夕食を食べに行きましたが、一人が7年程青島にいた方で中国語もペラペラ。
何時も中国に来ると外国人が行くようなお上品な店に連れて行って貰うことが多かったので今回は、その人の提案で現地の中国人が良く行くお店につて行って貰うことにしました。

水餃子のお店。
中国では一般的に餃子と言えば水餃子で焼き餃子は殆どお目にかかりません。

青島ビールで乾杯し水餃子を二皿とってみると、でかい水餃子が何と20個も皿の上に乗っています。これで18元。日本円で230円くらい?

そのほかにも炒め物など沢山頼んで結構飲んだのですが全部で170元程度・・・。

「こんな所に住んだら絶対太るよね」と爆笑しながら店を出ました。

美味かった! 很好吃了!

つづく。

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2011/08/01

ろくな政治家はいないのね、九州は!

いやぁ~知らなかった。

佐賀県の古川知事のお父様は九州電力の社員だったのですね・・・・。

新聞報道でもあるように九州電力と保安委員と知事は三位一体だったんですね。

これが公平公正な民主主義なのでしょうか?

”偽善は悪より下等”ですね。

そのほかにも、上から目線で阿呆なこと行って大臣辞めさせられた奴や、感じ読めない奴や、女に手を出した奴なんか目白押しですね。

こういう連中の話を聞くと本当に気分が悪くなる。

表のためなら何でもしますって奴ら。

”さあ、立ち上がるんだ!プロレタリアートよ!”って無産階級なんてもう消滅してしまいましたが(笑)

そういえば、この前、労働組合執行部の選挙がありました。

会社に入って早二十数年、一度たりとも選挙など有りません。

必ず無投票当選です。

右から左まで既得権益をむさぼる連中の多きこと・・・・。

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2011/07/04

思い出の西日本サーキット その6

いやぁ~、久しぶりのブログとなってしまった。

擂り鉢を立ち上がると下りになります。
4コーナーまでは結構な下り坂でスピードが出ますね~。
4

ココのブレーキングが難しくて何度も転倒しました。

アングルが変わって4コーナーの入り口です。
4_2

写真で見ても判るようにクリッピングに向かって相当な下りなのです。
私は右コーナーの下りが苦手でここが鬼門でした。

Photo

4コーナーの出口です。
オーバースピードで進入してしまうと画面右のゼブラに突っ込んでしまいます。
アウト側も殆どエスケープゾーンはなくてコースアウト = 転倒になるのです。

何度、4コーナーで転けたことか・・・・・・。

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